釧路地方裁判所 昭和32年(行)5号 判決 1961年7月29日
原告 森下準一
被告 帯広市農業委員会
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告帯広市農業委員会(元川西村農業委員会)が昭和三〇年三月三日なした別紙目録記載第一の土地を竹中栄に、同第二の土地を岩田日出男に、同第三の土地を岩田作次郎に、同第四の土地を西野信一に、同第五の土地を蛯沢兼吉にそれぞれ売渡す旨の決議は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、
その請求の原因として、「一、別紙目録記載の土地合計七筆は元吉川幸男の所有であつたが、同人はさきに離別した吉川静と復縁するため上京するに際し昭和二八年五月二五日頃、同人の留守中原告に右土地及び家屋、家畜等の管理を委任し、併せて右土地全部につき耕作のための使用貸借契約を締結し、以後これに基き原告において右土地を耕作するに至つた。これについて原告は昭和二八年五月二六日頃同人と共に被告委員会に出頭し、右使用貸借による権利の設定につき同委員会書記沢田信彦に届出て同委員会の黙示の許可を受けた。かりに右黙示の許可が認められないとしても原告は昭和二九年三月二七、八日頃被告委員会より口頭で右権利の設定を許可する旨の通知を受けたものである。二、ところが被告委員会は原告が農地法第三条第一項の許可を受けることなく自作農創設特別措置法第一六条第一項により売渡された農地である上記各土地の耕作をなしたものとして、農地法第一五条第一項に基き、昭和二九年七月九日右土地の買収決議をなし、同年九月上旬頃関係書類を道知事に進達し、道知事は昭和三一年三月二〇日同日を買収期日とする買収令書を交付し、よつて右土地は国により買収せられた。そして被告委員会は昭和三〇年三月三日別紙目録記載第一の土地を竹中栄に、同第二の土地を岩田日出男に、同第三の土地を岩田作次郎に、同第四の土地を西野信一に、同第五の土地を蛯沢兼吉にそれぞれ売渡す旨の決議をなした上同月四日頃右各買受人にその通知をなし、昭和三一年一一月一日同日を売渡期日とする道知事の売渡通知書の交付により、右売渡決議通りの売渡処分がなされた。三、しかしながら被告委員会のなした右売渡決議は以下の理由により無効である。即ち、(1)、原告は前記の如く別紙目録記載の各土地につき被告委員会から使用貸借による権利の設定の許可を受けてこれを耕作していたものであるから、農地法第一五条第一項に該当するものとしてなされた前記買収処分は無効であり、従つて被告委員会のなした前記売渡決議も無効である。(2)、かりに原告が右使用貸借による権利の設定につき被告委員会から適式の許可を受けておらず、従つて右買収処分は有効であるとしても、なお右売渡決議は以下の点において無効である。(イ)上記売渡決議がなされたのは右道知事の買収処分が行われた昭和三一年三月二〇日以前である昭和三〇年三月三日であるからまだ買収されていない土地につき売渡の決議をなしたもので無効である。(ロ)また原告は別紙目録記載の土地に対し使用貸借による権利を設定するについては被告委員会に届出て少くともその了承を得てこれを耕作していたものであり且つ昭和三〇年二月二八日頃右各土地につき農地法第三七条の買受申出をなしているのであるから、被告委員会が売渡決議をするに際しては、原告を同法第三六条第一項第一号に該当する者としてこれを全部原告に売渡すべきであり、かりに同号に該当しないとしても同条第一項第三号を適用するについて右の事情を充分勘案し、原告を第一順位者として右土地を全部原告に売渡さなければならないのに拘らず、別紙目録第一乃至第五の各土地を竹中栄外四名に売渡すべきものとした上記売渡決議は売渡順位を誤つた点において無効の決議である。(ハ)また右売渡決議はその対価を反当一二、〇〇〇円と定めてなされたもので、右対価は農地法第三九条、同法施行令第二条に違反する不当に高価な額であるから右売渡決議はこの点においても無効である。」と述べ、
被告の本案前の主張に対し、「被告委員会のなした売渡決議は単なる行政庁の内部的意思決定ではなく、前記の如く外部に通知されているのみならず、被告委員会が右売渡決議に基き昭和三〇年四月末頃事実上の耕作者である原告から実力をもつて右土地に対する占有を奪いそれぞれ各買受人に引渡している点などからしても、右売渡決議を単なる行政庁の内部的意思決定であるということはできず、対外的効力を有する行政処分と見るべきものである。」と述べ
被告の本案の答弁に対し、「被告主張事実中別紙目録記載の各土地が吉川幸男に売渡されるまでの経過が被告主張のとおりであること、被告主張の如く別紙目録第六及び第七の土地が国において買収したまま売渡が留保されていることは認めるが、その余の事実及び右各土地に対する原告の吉川幸男との間の使用貸借による権利の設定は農地法第三条により許可できない場合にあたるとの被告の主張はこれを争う。」と述べた。
被告訴訟代理人は本案前の主張として、「原告は被告委員会のなした売渡決議についての無効確認を求めているが、右決議は行政庁の内部的意思決定にすぎず所謂行政処分ではなく、又これを関係者に通知したとしてもこの通知は関係者の権利義務に何等の法律上の効果を及ぼすものではないから、その無効確認を求める利益がない。従つて本件訴は不適法として却下されるべきものである。なお売渡決議後被告委員会が本件土地に対する原告の占有を実力で奪つたとの原告主張は否認するが、被告委員会において原告に対し本件土地を竹中栄外四名の売渡を受くべき者に引渡すよう勘告し事実上引渡がなされたことは認める。」と述べ、
本案に対する答弁として、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、
「原告主張の請求原因事実中、別紙目録記載の土地七筆が元吉川幸男の所有であつたこと、原告主張の頃から右吉川幸男との間の使用貸借契約に基き原告が右各土地を耕作していたこと、原告が右使用貸借による権利の設定及びそれに至る事情を被告委員会の職員に述べたことがある事実、原告主張の経過により原告の右各土地の耕作が許可なくなされたものとして右土地全部が国により買収せられたこと、更に原告主張の如き別紙目録第一乃至第五の土地についての被告委員会の売渡決議及びその通知がなされ、且つ原告主張の如き国の売渡処分がなされたこと及び原告が農地法第三七条の買受申出をなしたことは何れもこれを認めるがその余の事実は全部争う。右各土地の売渡の対価は別紙目録第一の土地につき四七、五二〇円、同第二の土地につき三八、〇一六円、同第三の土地につき一九、〇〇八円、同第四の土地につき二三、七六〇円、同第五の土地につき二三、七六〇円である。仮にその余の金員の授受があつたとしてもそれは売渡の対価としてなされたものではない。
別紙目録記載の各土地は元訴外真鍋薫の所有で訴外蛯沢兼作に賃貸して耕作させていたが、真鍋薫は不在地主であつたので、被告において昭和二二年一二月二日を買収の時期とする買収計画を樹立し、これに基き道知事が買収処分をなした。右蛯沢は自作農創設特別措置法施行令第一七条の買受優先者であつたが買受希望を放棄したので吉川幸男が同施行令第一八条により昭和二二年一二月二日を売渡の時期とする売渡を受け、自作農として耕作して来た。ところが吉川幸男は前記の如く昭和二八年頃から農地法第三条第一項の許可なくこれを原告に使用貸借によつて耕作させたので、同法第一五条により原告主張のとおりの買収処分がなされたのであつて右買収処分はもとより有効である。なお右使用貸借による権利の設定は同法第三条第二項第六号により許可できない場合に該当する。次に農地法第一五条の被買収地の売渡については買収当時の不法耕作者は農地法第三六条第一項第三号の適用を受けるとしても、同条第一項第一号の適用を受けることはできない。(昭和二九年一一月一八日農地開拓部長通達)従つて別紙目録第一乃至第七の土地は同条第一項第三号による売渡を要するものであつたところ、昭和三〇年二月八日から同月二八日の間に原告外八名の者から買受申込があつたので被告委員会で審議した結果、原告は不法耕作者であつて、道の売渡に関する取扱方針にそわないが部落内の円満解決を計るため同年三月三日原告に対し別紙目録第六、第七の土地を売渡し同第一乃至第五の土地を竹中栄外四名に売渡す旨の決議をなしこれを関係者に通知したところ、原告は別紙目録記載の土地全部につき売渡を受ける権利があるとしてこれを承服せず妨害行為をなし、かつ原告の農業経営に対する稼働力(二、七人)からみて自作地八町歩の耕作維持さえも困難な状況にあつたので、原告を自作農として農業に精進する見込がある者で売渡を受けるに適当な者であると認定することができず、昭和三〇年六月一一日右原告に対する売渡決議を取消したものである。本件買収売渡は以上の経過によるものであつて前記竹中栄等に対する被告委員会の売渡決議は売渡順位を誤つたものではない。」と述べた。
(証拠省略)
理由
先ず被告の本案前の主張について判断するに、農地法上国が買収した農地等の売渡の手続は、当該農地等を買受けようとする者から買受申込書を農業委員会に提出し(農地法第三七条)農業委員会は同法第三六条第一項各号の要件に該当する者から右の買受申込書の提出があつたときは売渡の相手方の氏名、住所等同法第三八条各号所定の事項を記載した書類を都道府県知事に進達し(同法第三八条)都道府県知事は右進達の書類に記載された所に従い同法第三九条第一項各号所定の事項を記載した売渡通知書を作成してこれを売渡の相手方に交付し(同法第三九条)右通知書の交付があつたときはその通知書に記載せられた売渡の期日に当該農地等の所有権が売渡の相手方に移転するものとされている(同法第四〇条)。ところで原告は本訴において被告帯広市農業委員会(元川西村農業委員会)が昭和三〇年三月三日になした別紙目録第一の土地を竹中栄に、同第二の土地を岩田日出男に、同第三の土地を岩田作次郎に、同第四の土地を西野信一に、同第五の土地を蛯沢兼吉にそれぞれ売渡す旨の決議が無効であることの確認を求めているのであるが、所謂行政処分の無効確認訴訟の対象として争い得るものは行政処分即ち国又は公共団体が公権力の発動としてなす国民の権利義務を形成し或はその範囲を確定する等何等かの法律的効果を生ずべき行為であることを要するものと解すべきところ、右被告委員会の売渡決議なるものは、前記売渡に関する一連の手続に照して考えれば、被告委員会において上記竹中栄外四名の者を農地法第三六条第一項各号の要件に当る者として別紙目録第一ないし第五の土地につき同人等を売渡の相手方とする同法第三八条所定の進達を北海道知事になすべき旨の議決をしたものと見るべきであり、原告主張の被告委員会の決議が右以外の趣旨でなされたものであると認めるべき証拠はなく、従つて右決議は知事に対する前記進達の前提としての農業委員会の内部的意思決定にすぎず、これを外部に表示する規定もないし、たとえこれを関係者に通知しても何等法律上の効果を生ぜず、右決議によつて売渡の相手方として知事に進達すべく決定された者といえども、知事による売渡処分がなされる以前においてはもとより当該農地に対し何等の権利義務を取得するものではない。しかも農地法における右農業委員会の進達に対しては、旧自作農創設特別措置法による農業委員会の売渡計画に対して異議申立及び訴願の提起が認められていた(同法第一九条)のと異り、この様な不服申立の方法を認める規定もない。してみると被告委員会の前記決議はその性質上行政訴訟の対象として争い得る行政処分であると解することができず、従つて前述の如くこれを対象として無効確認訴訟を提起することは許されないものと言わなければならない。(なお原告は被告委員会が右決議により実力で別紙目録記載の土地に対する原告の占有を奪いそれぞれ前記各買受人に引渡した点を批難するが、仮に右が事実であるとしても被告委員会の右行為につき他に責任を追及する余地があるか否かは格別、前記決議を対象とする無効確認訴訟が適法なものとなるものではない。)以上の次第で本件訴はその対象を誤つた不適法な訴であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石松竹雄 駿河哲男 立川共生)